七十二候をおいかけて

日本の四季をさらに細かく区切った七十二侯。ひとつずつ知っていきたいと思います。

憧れのたべもの【2.黄鶯睍睆く】

 

黄鶯睍睆く

 

立春 2月9日~2月13日
◆次侯:黄鶯睍睆く(うぐいすなく)
◆侯のことば:鶯(うぐいす)
「ホーホケキョ」と聞くと「ああ春がやってくるなあ」と感じる人も多いのではないでしょうか。早春に鳴くことも多きことから『春告鳥』とも呼ばれているそうです。
◆侯の魚:鰊(ニシン)。
こちらもうぐいすと同じく『春告魚』と呼ばれる魚です。甘辛い味付けで良く煮込まれたものを食べる機会が多いので、あまり季節感を感じることがなく春の魚だと言うことを今回初めて知りました。

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憧れのたべもの

 

大人になったら…
あの場所に行ったら…

そんな風にいつかいつかと夢を抱いてしまっている「食べもの」ってみなさんにはあるでしょうか?

わたしにとってそれはまさしく「にしんそば」というものでした。

まだわたしが存在すら知らなったころ、突然「にしんそば」ラッシュに見舞われたことがあった。

もう名前も思い出せないけれど、そのときに読んでいた小説、漫画それぞれに出てきて「一体なんなんだろう」となったのがわたしとそれとの出会いだった。

にしんそば、と言えば京都のたべものである。

「京都」へは小学生のころから並々ならぬ憧れを抱いていたから、京都を舞台にした本は意識的にしろ、無意識的にしろ手に取っていたのだけど、それにしても連続で出てこられると気になる。

気になって仕方なかった。

いまはどちらも好きだけれど小さいころは圧倒的なうどん派だったわたし。

かけそばと言えば、天ぷらや鶏肉が乗っている程度の簡単な発想しか出来なかったので、大きな魚がどかんっと乗っかっているにしんそばのビジュアルはなかなか想像がつきにくく、だからこそ「気になるアイツ」であり続けた

食べたらどんな味がするんだろう。

魚とそばって合うんだろうか。

きっと東京でも食べることは出来ると思う。

だけど、どうしても絶対になにがあっても「にしんそば」とのはじめましては京都で迎えなければならない、と思い込んで出会ってから5年以上かたくなにチャンスを拒みつづけた。

 

そしてはたちを過ぎたころ、初めて京都に一人旅行した。

もちろんお昼ご飯には満を持しての「にしんそば」である。それも食べる場所はにしんそばの始まりの場所ともいえる有名店「松葉」さん。

京都の繁華街、四条大橋を眺めながらあんなに焦がれたにしんそばを食べるだなんて出会いの場所としてこれ以上ないように思えた。

朝ごはんを軽くしたおかげで、胃袋の空き具合も完璧だった。

今まで本のなかでしか会えなかった「にしんそば」とのはじめましては、やっぱりちょっとだけ緊張した。

しかし、タイミングが良かったのか注文してからあっという間にやってきてしまったのであっさりと初対面を迎えたのだった。

器いっぱいに横たわるニシンにお蕎麦がそっと上に重なっていて、合間から見える部分は照りでつやつやしていた。

おそるおそる食べてみると、思っていたよりもずっとずっと甘くて柔らかくて、もっと魚魚しいのかとびびっていたわたしはちょっとびっくりした。

ほぐした甘い身とあっさりしたお蕎麦を一緒に食べると、口のなかでちょうどよく混ざり合ってなんだかふわふわした優しさに包まれた気がした

念願かなってやっと食べることのできたにしんそばは、たくさんたくさん期待してしまったそれをきちんと乗り越えてやってきてくれたのだ。

 

未だに本のなかに出てきた食べ物に憧れることってよくあるけれど、ここまで恋い焦がれた食べ物っていまぱっと思いつくことが出来ないかもしれない。

海いっぱいのオレンジゼリーだとか、まずそうにおざなりに食べられている薄いハムとチーズが挟まったサンドウィッチだとか、フライパンにまるまる乗った黄色いホットケーキとか、そういうのとはまたちょっと違うような気がしている。

にしんそばを知って、憧れて、食べに行って、口に入れて美味しい!って思ったあの瞬間、わたしの恋は実ったのだ。