七十二候をおいかけて

日本の四季をさらに細かく区切った七十二侯。ひとつずつ知っていきたいと思います。

むらさき色に抱く複雑なきもち【蟄虫戸を開く】

啓蟄 3月5日~3月10日
◆初侯:蟄虫戸を開く(すごもりのむしとをひらく)
◆侯の野菜:ぜんまい
くるん、と丸まったかたちがなんとも言えないかわらしさののあるぜんまい。
少し湿った場所で3月ごろから自生してくるそうです。食べるときは必ずあく抜きをしましょう。てんぷらなどにしてちょっぴり塩をつけて食べるのがわたしのお気に入りです。
◆侯の野菜:菫(すみれ)
菫、と一口に言っても日本全国でなんと100種類以上もあると聞いてびっくりしました。小さくて濃い紫色の花がぱっと浮かびますが、ほんのり淡い色の菫もあるそうで、機会があったらぜひ見てみたいなあと思います。

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むらさき色に抱く複雑なきもち

 

どこか素敵な場所を訪れたとき、

なにか素敵なものにふれたとき、

背景の知識があったらもっともっと楽しめたのになあと悔しくなることはないだろうか。

なんとなくの好奇心で突撃しがちなわたしは、それはもうしょっちゅう感じる気持ちのひとつではあるのだけど、ヨーロッパをふらふらしていたときはあまりの衝撃的な出会いが多すぎて自分の知識の浅はかさにちょっと悔し泣きをしてしまったくらいである。

そのうちのひとつがウィーンを訪れたときに起きた。

ウィーンと言えば、ハプスブルク家である。

ハプスブルク家と言えばやはり外せないのがシェーンブルン宮殿

出発前に「ベルサイユのばら」を全巻読んでいたわたしには、マリーアントワネットが住んでいた場所、そして女帝マリアテレジアが改装をした宮殿という知識だけを蓄えていた。

特にマリアテレジアのかっこよさにはしびれていたので、少しでも彼女の存在を感じられるであろうシェーンブルン宮殿には、ウィーンに到着してからずっとそわそわしてしまっていた。

実際、シェーンブルン宮殿は美しかった。

旅のあいだ、宮殿や城と呼ばれる場所はいくつも見たが、そのなかでも徹底されたあの美しさはトップクラスに覚えている。

マリアテレジアの息吹も確かに感じられた。

彼女が大幅に改装した宮殿はまさに彼女のための場所であったし、「テレジアイエロー」と呼ばれる薄い黄色はどこか気品に満ちていて、国を統一するのにこれ以上ない色だと思った。

しかし、宮殿を音声ガイドに沿って周っているうちに、何度も出てくるもう一人の女性のことが気になって仕方なかった。

恥ずかしながらわたしはエリザベート皇妃」のことをほとんどと言っていいくらい知らなかったのだ。

正確に言うと「エリザベート」という名前は知っていたけれど、そのひとが「シシィ」と呼ばれていること、そしてどれだけ美しく、どれだけ愛されていたかを知らなかった。

宮殿中には美しいシシィの肖像画何枚も飾られ、不仲だといわれていた夫のフランツ・ヨーゼフ1世の「私がどれほどシシィを愛したか、そなたには分かるまい」という言葉でさえも、正確に残されているほどだ。

しかし、シシィは宮殿の堅苦しい生活にはいつまでも慣れず、苦しんで、何度も旅に出て宮殿を離れ、その最期も旅先だった。

「美しい美しい」と言われ続けた彼女は老いを恐れ、部屋にはダイエット器具や体重計が多く残され、彼女がどれだけの思いで生きていたのだろうか、とつい考え込んでしまう。

もっと早く彼女について知っていたらよかったと悔しい思いでいっぱいになった。

 

そしてそんなシシィが宮殿を抜け出して何度も買いに行ったといわれているお菓子がある。

それが「すみれの砂糖菓子」だ。

文字通りすみれの花びらに砂糖をまぶしたものなのだが、そのまま食べてもよし、紅茶やワインにいれても香りとともに楽しめる一品らしい。

らしい、というのはウィーン滞在中にわたしは知らなかったからである。

日本に帰ってハプスブルク家のことを調べなおして、そのうちでシシイの好物を知った。

それまで、考えたことすらなかった「すみれ」がわたしのなかで一気に気になる存在に急浮上してきたのである。

シシィを知ることが出来て、そんなシシィに愛されたお菓子はわたしにとっても愛すべきお菓子だ。

しかし、もっと早く知っておきたかった…!という悔しさはすみれを見るたび思い出す。

次にウィーンに行くときの大きな大きな宿題となった「すみれ」には、妙なライバル心を抱いてしまうようになった。